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「幸色のワンルーム」をめぐる騒動について、および株主総会におけるABC朝日放送の回答

幸色のワンルーム」という漫画について、テレビドラマ化が決定したものの、一部で抗議の声が湧き上がり、関東エリアでの放送が取りやめになるなどといった騒動が起きている。

問題視している人曰く、
「実際の事件をモチーフにしているのではないか」
「誘拐事件を肯定的に描いている」
と。

というわけで、僕も実際に原作漫画を読んでみた。


この作品は本当に誘拐を肯定的に描いているのか?

原作はpixivコミック上で連載されており、一部の話数は飛んでいるが、概ねストーリーを追うのに問題ない程度は無料で読むことができる。

率直な感想としては、言われているような批判は特に当たらないということ。
幸せとは、正義とは、正しさとは何かと深く考えさせられる作品であるということ。
そして、純粋な「正義感」を持った人達いい子ちゃんこそ拒否反応を起こしそうな作品だと感じたのである。

――例えばこの人のような。

なんと、この作品のドラマ化を手がけるABC朝日放送の大株主たる朝日新聞社の記者である。
(とはいえ、昔からABCは同じ朝日系列とはいえ朝日新聞やテレビ朝日とは仲が悪かったので特に驚きはないが)

少女は誘拐犯に結婚を誓い、誘拐犯は少女にたくさんの“幸せ”を捧ぐ。被害者と誘拐犯の関係なのに―――どうしてこんなに暖かいの?
(単行本1巻の説明文より)

これだけを読めば、顔をしかめたくなるのは確かだ。

しかし、その印象は、実際に作品を読んでみれば明らかに変わる。

多少ネタバレになるが、本作品の後半のあらすじを紹介する。

少女は、家庭では両親から虐待を受け、
学校ではいじめに遭い、
さらに学校の先生からはセクハラ強姦を受けていた。

そんな日常に絶望した少女は、

自ら命を絶つことを決意する。

「お兄さん」は、
街で少女をたまたま見かけ、
行き詰まった自分の人生と重ね合わせるように興味を持ち、
少女へのストーキングを始める。

同族嫌悪を抱きつつも、
何もできない自分とは違い、自分で人生を終わらせる決意を持っている少女は、自分よりも立派な存在だと思いはじめる。

少女が家出を始めた数日後、少女の行方不明がニュースとして報じられ始めるも、
そこで報じられた内容は「お兄さん」が見た事実とは異なる、
両親が虐待の事実を隠すため、責任を架空の誘拐犯に押し付けるかのようなものだった。

少女が本格的に自殺を図って川に身を投げ出そうとしたとき、
それまで遠くから少女を見守るだけだったお兄さんストーカーは、
自殺を止めるため少女に声をかけ、「君を誘拐しようと思う」と宣言する。

誘拐は犯罪です
見つかれば捕まるのはあなたです
でも そんな大きなリスクを背負って
あなた自身の人生を狂わせても
私自身が捨てようとした人生を拾ってくれるんですよね?
うれしいに決まってます

(第16話-②)

誘拐は犯罪である。
それは揺るぎない事実だ。
本当に保護しただけのつもりだったとしても、両親や警察への連絡など適切な手段を取らなければ誘拐犯として逮捕される。

しかしそれでも、少女がお兄さん誘拐犯の「君を誘拐しようと思う」という提案を承諾し、一緒に暮らすことを選んだ――あるいは選ばざるを得なかった――理由は、想像に難くない。

共同生活を始めた直後、少女はお兄さん誘拐犯に対しある提案をする。

(少女)
ニュースになっちゃったし…お兄さんは捕まっちゃうの?

(お兄さん)
警察に見つかればね

(少女)
ならゲームしよう?

(お兄さん)
ゲーム?

(少女)
二人で警察と両親から逃げるゲーム!!

もし逃げ切れたら…
私 お兄さんと結婚する!!

(お兄さん)
……じゃあ逃げ切れなければ?

(少女)
その時は一緒に死のう

お兄さんは捕まっちゃうし
私は両親と暮らさなきゃいけないなら
二人とも死んだほうがマシでしょ?
(第01話-①)

「両親と暮らさなきゃいけない」くらいなら「死んだほうがマシ」
そう思わざるを得なくなるまで少女はひとりぼっちで、追い込まれていた。
そんな少女が自殺する寸前に声をかけられ、初めて優しさを感じた相手が他ならぬお兄さんだったのである。

親の虐待から助けてくれたのは
学校のいじめから救ってくれたのは
先生のセクハラから助けてくれたのは…

全部お兄さんだ

誘拐なんて「普通」はできない

「普通の幸せ」を教えてくれたのはお兄さんだけど
やっぱり彼は「普通じゃない」んだと思う
でも…

彼との生活を受け入れた私も
「普通じゃない」

きっと世間普通の人たちとは分かり合えない
(第04話−③)

ネット上でも「両親と住むことが普通の幸せ」を願うばかりで「私の幸せ」を願う言葉をくれる人はいなかった
当たり前か…
皆の言う「普通の幸せ」と私の幸せは違うんだから
(第04話-③)

ここで引用した第04話-③には「普通」という単語が頻繁に出てくる。

ネットに投稿された、自分についての書き込み。
膨大な数の書き込みを読んだ上で発せられた、少女のこのセリフ。
両親と住むことが普通の幸せ」が達成されれば、正義感を持ったヒーローぶって自己満足したいだけの「普通」の人達は溜飲が下がるだろう。

しかし、そのとき少女にもたらされるのは幸せではない親の虐待

だからこそ、少女は「普通じゃない」こと彼との生活を選んだのだ。

「女児を狙った犯罪は絶対悪」
この意識はいたって「普通」の感覚であり、正論である。

しかし先ほどの少女のセリフを改めて読み返してみれば、この「正論」がいかに一面的で一方的なものであるかに気づく。
この行動を選ぶまでの少女のバックグラウンドが、まったく無視されているのだ。

この作品は、そんな「普通」の感覚を疑わずに信じ続ける人達の理解の範疇を超えているのかもしれない。

そんな人達への反論は、実は作中で既に語られている

幸のことよく知りもしないで
家族といた方が幸せだとかお兄さんは悪だとか…
憶測しか話してないんだもん
結局ヒーローぶって自己満足したいだけなんだよ
みーんな
(第04話-②)

この作品は決して誘拐事件を肯定的に描いているものではない。

描かれているのは、「誘拐」は悪であるという前提を承知した上で、しかしそれでもお兄さん誘拐犯にすがらざるを得なかった少女の、そしてお兄さん誘拐犯の心の葛藤である。

そうせざるを得なかった少女の選択を、いったい誰が非難できるのだろうか。


そもそも実在の事件にインスピレーションを受けて創作をするのは悪なのか?

この作品について、作者も出版社も、オリジナル作品であると語っている。
実際に、原作をどれだけ読んでみても、特定の事件を強く想起させるような描写はなかったように感じた。

が、この作品を非難する人達は「実際の事件をモチーフにしているとしか思えない」と主張する。

仮に非難する人達の言い分が正しく、この作品が実在の事件をモチーフにしているとしよう。
しかし、そうだったとしても、そのことを根拠に「だから作品を規制していい」とは考えられない。

たとえば「祟りじゃ〜」で有名な横溝正史の小説「八つ墓村」は津山三十人殺し
「万引き家族」でパルムドールを受賞した是枝裕和の映画「誰も知らない」は巣鴨子供置き去り事件
園子温の映画「冷たい熱帯魚」は埼玉愛犬家連続殺人事件
同じく園子温の映画「恋の罪」は東電OL殺人事件
角田光代の小説「八日目の蝉」は日野OL不倫放火殺人事件
幾原邦彦のテレビアニメ「輪るピングドラム」は地下鉄サリン事件
真鍋昌平の漫画「闇金ウシジマくん(洗脳くん編)」は北九州監禁殺人事件
…など、実在の事件を、しかも今回の作品以上に直接的にモデルとして描いた文芸・映像作品は枚挙に暇がない。

果たしてこれらの作品も、本作と同じように「罪」として扱われるのだろうか。


なぜ関東と関西で放送の判断が分かれたか

この騒動について、批判的な記事(現在は削除済み)に、次のような記述があった。

それと、「問題点が見受けられたから放送を取りやめ」にするならば、潔く全地域やめるべきだった気がする。
「関西のテレビ局はいいって言って放送してるのになんで?」って思われちゃうよね。

これは簡単な話で、会社が違うからである。

このドラマは、東京のテレビ朝日ではなく、大阪にある系列局のABCテレビが制作している。

このドラマに関してテレビ朝日に決定権があるのは、あくまで番組を関東エリアで放送するかどうかということだけ
関西エリアでの放送について、また、ドラマの制作自体についての決定権はABCテレビにある

もし、制作局のABCテレビがダメだと判断したなら、全地域で放送を取りやめることになっていただろう。
だって、自社で放送できないような番組を、他社に供給するわけにはいかないわけだし。
でもABCテレビはそう判断しなかった。

いくら同じ番組供給ネットワークに属していて、同じ朝日新聞系で資本関係があって相互に役員を派遣している間柄とはいえ、あくまで両社は別会社
しかもさっきも少し書いたように、ABCテレビはテレビ朝日とは昔から仲が悪い。
某元アナウンサーの発言によれば、テレビ朝日が流した全国ニュースに対し、ABCの報道局長がブチ切れて「ニュースなめたらあきまへんで」と抗議のFAXを送ろうとして皆で必死に止めたこともあったという。
それくらい違う会社だ。

単に、テレビ朝日は、関東エリアを放送対象地域とする放送局として放送を取りやめる判断をした。
ABCテレビは、番組の制作局として、そして関西エリアを放送対象地域とする放送局として、予定通り番組を制作・放送するという判断をした。
だから、全地域での取りやめとはならなかったのだ。


ABCテレビでの放送について株主総会で発言してみた

さて、ここからが本題である。

ABCテレビの親会社である朝日放送グループホールディングス(株)※(以下、朝日放送グループHD)は、東証1部に株式を上場している。
※…これまで朝日放送(株)がテレビ・ラジオ両方の放送を行っていたが、2018年4月に朝日放送(株)は朝日放送グループホールディングス(株)に社名変更を行い、テレビ部門を含む主な事業を朝日放送テレビ(株)(ABCテレビ)に、ラジオ部門を朝日放送ラジオ(株)(ABCラジオ)にそれぞれ分割・承継し、認定放送持株会社体制に移行した。
在京民放キー局はテレビ朝日を含め5社とも持株会社が東証1部に上場しているが、それ以外の地方局で株式を上場しているのは朝日放送グループHDを含め4社だけであり、珍しい存在といえる。

その今年の朝日放送グループHDの株主総会は、6月21日(木)に大阪・福島の本社テレビAスタジオで行われた。
僕は朝日放送グループHDの株式をわずか1単元100株ではあるが保有している。
実はもともと当日は仕事の予定があり、株主総会には出席できないはずだったが、先日発生した地震の影響でその予定がぽっかり抜けたため、朝日放送グループHDおよびABCテレビの経営陣に直接意見を伝えられる貴重なチャンスを逃さまいと出席し、ドラマの制作・放送を中止しないように要望するとともに、それに関連してちょっとした質問を行った。

質疑応答が始まると同時に挙手をしていたのですがなかなか当たらないでいたところ、私より前に、女性の株主から「なぜ少女と誘拐犯が仲良くするようなドラマを放送するのか」という、まさにな質問を先にされてしまった。

これに対して編成担当の役員から、
「既に報道されているとおりで、視聴者センターにも多くのさまざまな意見をいただいている。原作を発行しているスクウェア・エニックスさんからはオリジナル作品であると説明いただいた。社内でも原作を読み、内容を精査した上で、問題ないと判断した」
との回答があった。

この回答からわかるのは次の3点

  • 経営陣もこのドラマが大きな騒動になっていることは既に把握している
  • 制作陣はしっかりと原作を読み込み、作品に込められたテーマを理解した上で制作している
  • 編成部も内容に問題はないと判断してドラマを予定通り放送することにGOの判断を下した

これを株主総会という正式な場で、経営陣から株主に対して明言したわけだから、この回答には重みがある。
それに安心した一方で、やはりこの女性のように内容を不安に思っている視聴者は多いのだろうなという感触を受けた。

その後、私に発言の機会が回ってきたので、
「この騒動を知ってから実際に原作を読んでみたが、ネットで言われているような批判は的外れであると感じた。
深く考えさせられる作品であり、このような社会派のドラマをABCテレビが制作するのは意義のあることで素晴らしい。
いったん発表したドラマの制作を中止すれば、作品のファンの期待を裏切るだけでなく、作者や出版社からも信用を失ってしまいかねない。
抗議に萎縮して番組制作を中止することは、表現の自由を守るべき放送事業者として決して行ってはならない。
この作品が予定通り放送されることを楽しみにしている。」
というできる限りおべっかを使って意見を伝えた。

その上で、
「最近AbemaTVやAmazonプライム・ビデオなどのインターネット動画配信サービスでは、地上波での放送は難しいが好きな人にとっては面白いオリジナル番組を制作し、人気を博している。
招集通知に記載の事業報告によれば、ABCテレビのコンテンツ戦略部では「地上波にとどまらないコンテンツの出口戦略を立案・実施」するとある。
であれば、今回のドラマに限った話ではないが、地上波放送を見送る判断を仮に下した場合でも、番組制作を中止するのではなく、ネット専用番組として配信するような考えはないか。」
という質問をした。
この質問の意図としては、仮にABCテレビでも放送を中止すると判断せざるを得なくなったとしても、例えばAbemaTVでの配信に切り替えるなどして、なんとかドラマ自体がお蔵入りになることだけは避けられないか、という考えからだ。

この質問に対する役員からの回答は、意見の部分については先の女性の質問に対する回答とほぼ同内容だったので省略。
後半の質問部分については、「あくまで当社はテレビの放送基準で番組を制作することが前提。」というものだった。
決してネット専用番組を作ることを直接的に否定してはいなかったが、ネット専用番組を作る場合でも、だからといって地上波放送ができないような番組を作るつもりはないという放送局としての矜持を表明した回答だと僕は理解した。
(でもそれって地上波で放送中止を判断したらもうダメってことじゃ…うーん…)

ともかく、ドラマの放送に前向きな意見をABCテレビと朝日放送グループHDの経営陣に直接伝えることはできたし、ドラマは予定通り放送する方針だという回答を株主総会という公式な場で得られたので、ひとまずABCテレビでの放送については安心して良いんじゃないかなというのが現時点での印象だ。

もしABCテレビが日和るようなことがあれば、そのときは朝日放送グループHDの株を売るときだと思っている…。


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